ストレスチェック義務化、2028年度から労働者50人未満の事業所も対象に — 小規模クリニック・薬局・歯科の準備ガイド
2025 年 5 月に公布された改正労働安全衛生法で、これまで「努力義務」だった 労働者 50 人未満の事業場のストレスチェック が 義務化 されます。2026 年 5 月 18 日の労働政策審議会・安全衛生分科会で施行日が 2028 年 4 月 1 日 となる方針が示され(公布後 3 年以内の政令委任)、厚生労働省は同年 2 月 25 日に「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」を公表しました。最初のストレスチェックは 2029 年 3 月 31 日まで に完了させる必要があります。
医科診療所・歯科診療所・薬局の多くは、事業場単位で見ると 50 人未満に収まります。「今までは関係なかった」ところが、突然「義務」に切り替わる転換点です。施行まで残り 2 年弱。本稿では、現行制度のおさらいから改正のポイント、医療機関別の対象判定、地域産業保健センター等の無料支援、そして「いま動けることは何か」までを実務目線で整理します。
ストレスチェック制度の基本|現行ルール(50 人以上の事業場が義務)
ストレスチェック制度は、2014 年改正労働安全衛生法に基づき 2015 年 12 月 1 日から施行 された制度です。労働者のメンタルヘルス不調を未然に防ぐため、自分のストレス状況に気づきを促すことが目的です。現行の主なルールは次のとおりです。
- 対象事業場: 常時使用する労働者が 50 人以上 の事業場は 義務
- 対象事業場(小規模): 50 人未満は 当分の間、努力義務
- 実施頻度: 1 年以内ごとに 1 回
- 実施者: 医師、保健師、または所定の研修を修了した 歯科医師・看護師・精神保健福祉士・公認心理師
- 結果通知: 本人に直接通知、本人同意なしに事業者へ提供してはならない
- 高ストレス者対応: 申出があれば医師による面接指導を実施
- 集団分析: 努力義務(職場環境改善に活用)
- 報告: 50 人以上事業場は毎年、所轄労働基準監督署へ報告書を提出
「義務対象判定」と「ストレスチェック対象者」は別物
ここで混同しやすいのが、「事業場が義務対象になるかどうかの 50 人カウント」と、「実際にストレスチェックを受検する対象者」の定義が違うという点です。
| 区分 | 判定基準 |
|---|---|
| 義務対象判定(事業場が 50 人以上か) | 常態として使用しているか で判断。短時間パート・アルバイトも、継続的に雇用しているなら含めて数える |
| ストレスチェック対象者(誰が受検するか) | 期間の定めのない契約または 1 年以上の契約、かつ 所定労働時間が通常労働者の 4 分の 3 以上 |
医療事務、看護助手、調剤事務、歯科助手などをパートタイムで多く抱えるクリニックでは、「うちは正社員 49 人だから対象外」と判定する前に、常態使用ベースで再カウント することをおすすめします。短時間パートも常態使用していれば 50 人カウントには含めるため、頭数の体感より上振れすることがあります。
改正のポイント|2028 年 4 月 1 日から 50 人未満も「義務」に
2025 年 5 月 14 日に公布された「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律」(令和 7 年法律第 33 号)で、ストレスチェックの実施義務が 全事業場 に拡大されました。施行日は「公布後 3 年以内に政令で定める日」とされ、2026 年 5 月 18 日の労働政策審議会・安全衛生分科会で 2028 年 4 月 1 日 となる方針が示されています(政令公布は今後)。
改正の要点
| 項目 | 現行(〜2028/3/31) | 改正後(2028/4/1〜) |
|---|---|---|
| 50 人以上事業場 | 義務 | 義務(変更なし) |
| 50 人未満事業場 | 努力義務 | 義務 |
| 初回実施期限(小規模) | — | 2029 年 3 月 31 日まで |
| 実施頻度 | 1 年以内ごとに 1 回 | 1 年以内ごとに 1 回(同じ) |
| 集団分析 | 努力義務 | 努力義務(小規模は人数要件あり) |
| 労基署への報告 | 50 人以上は義務 | 50 人未満は法令上、報告不要(恒久的) |
施行までの 2 年弱は、50 人未満事業場の負担に配慮した 準備期間 と位置づけられています。「2028 年 4 月 1 日にいきなりすべて整っていなければならない」のではなく、その日から 1 年以内(=2029 年 3 月 31 日まで)に初回を完了すれば足りる設計です。とはいえ、実施者の確保や質問票の準備、外部委託先の選定には数カ月かかるため、後ろから逆算すると 2027 年中の体制整備着手 が現実的です。
なお、50 人未満事業場の労基署への結果報告は「当面の免除」ではなく、法令上、恒久的に報告不要 の設計です(改正後も同じ)。
医療機関への影響|医科・歯科・薬局はどう判定するか
労働安全衛生法上の「事業場」は 場所的単位 で判定されます。法人単位や運営主体単位ではなく、1 つの診療所・1 つの薬局・1 つの病棟 がそれぞれ別の事業場としてカウントされるのが原則です。
業態別の典型例
医科診療所(無床・19 床以下)
- 院長 + 看護師 2 名 + 医療事務 3 名のような体制が多く、ほぼ全数が 50 人未満
- 改正によって新たに義務対象になる代表的なケース
歯科診療所
- 歯科医師 1〜数名 + 歯科衛生士 + 歯科助手 + 受付で、こちらも大半が 50 人未満
- 同様に改正で新規対象
薬局
- 個店の調剤薬局は管理薬剤師 + 薬剤師数名 + 調剤事務で 10 人前後
- 同一法人で複数店舗を運営していても、店舗ごとに事業場判定
- チェーン薬局の場合、本社事務所と各店舗は別事業場
中規模病院(20〜200 床)
- 多くは既に 50 人以上で、現行制度下で対象
- 既に体制構築済みのケースが多く、今回の改正による影響は小さい
「常時使用する労働者」のカウント方法(再掲・実務上の注意)
繰り返しになりますが、義務対象判定の 50 人カウントは 「常態として使用しているか」 で判断します。短時間パート・アルバイトも、継続雇用していれば含めます。一方で、実際に受検対象になる労働者の要件(期間 1 年以上 + 週所定 3/4 以上)はストレスチェック対象者の定義であって、義務対象判定とは別ルールです。
「うちは何人事業場扱いになるのか」を施行前に一度棚卸ししておくことをおすすめします。
小規模事業場向け実施マニュアル|厚労省が 2026 年 2 月に公表
厚生労働省は施行に先立ち、2026 年 2 月 25 日に 「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」 を公表しました。検討は東京大学・川上憲人教授を座長とする「ストレスチェック制度等のメンタルヘルス対策に関する検討会」が担いました。
マニュアルの 3 つの特徴は次のとおりです。
1. 外部リソース活用を前提とした実施体制
50 人未満の事業場では 産業医の選任義務がない ため、自院・自薬局内だけでストレスチェック実施者(医師・保健師等)を確保するのは現実的ではありません。マニュアルは外部委託機関、地域産業保健センター(後述)、衛生管理者の関与など、外部リソースを組み合わせる体制 を推奨しています。
2. 簡易版質問票(23 項目版)の活用
通常の「職業性ストレス簡易調査票」は 57 項目ですが、小規模事業場向けには 23 項目の簡易版 が用意されました。回答時間が短く、業務時間中の負担を最小化できます。実施方法は紙でもオンラインでも構いません。
3. 地域産業保健センター(地さんぽ)などの無料支援案内
50 人未満事業場の最大の支援機関が 地域産業保健センター(地さんぽ) です。独立行政法人 労働者健康安全機構が運営し、ほぼ労働基準監督署管轄ごとに設置されています。
提供サービスは原則 無料:
- 医師・保健師による健康相談・産業保健指導
- ストレスチェックの実施支援(実施者の紹介を含む)
- 高ストレス者への 医師面接指導
- 長時間労働者への面接指導
- メンタルヘルス相談
事前申し込みが必要です。「うちの規模では産業医を雇うのは無理」と感じる小規模クリニック・薬局・歯科診療所こそ、まずは地域の地さんぽに連絡を取るのが現実解です。
プライバシー保護の特記事項
マニュアルは、集団分析の対象が 10 人未満になる場合、原則として実施してはならない と明記しています。小規模事業場では「誰の回答か」が容易に推測されてしまうため、結果を集団としてまとめる集団分析は人数要件を満たさない限り行わないことになっています。個人結果は 外部委託先で管理し、本人同意がない限り事業者に共有しない 運用が基本です。
今からできる準備|2026〜2027 年の具体アクション
施行 2028 年 4 月 1 日に向け、2027 年中の体制整備を目安とすると、以下のようなロードマップが現実的です。
2026 年中にやること
- 「うちは何人事業場か」の棚卸し — 常態使用ベースで、短時間パート・アルバイトも含めて実数を出す
- 既存の健診・面談業務の委託先確認 — 産業医契約や健診業者があれば、ストレスチェックも対応可能か照会
- 地域産業保健センターへの初回コンタクト — 最寄りの地さんぽに「ストレスチェック支援の流れ」を問い合わせ
- 厚労省マニュアル PDF をダウンロード — 公式マニュアル(後掲リンク)を実施責任者が一読
2027 年にやること
- 実施者の選定 — 外部委託機関 or 地さんぽ経由で実施者(医師・保健師等)を確保、自院内対応とするかも含めて方針決定
- 質問票の選定 — 23 項目版で十分か、57 項目版か方針決定
- 就業規則・衛生規程の改訂準備 — 結果通知方法、面接指導申出ルート、不利益取扱い禁止の明文化
- 対象労働者への事前周知 — 制度の目的、結果の取り扱い、プライバシー保護を文書で説明
2028 年 4 月 1 日以降
- 2028 年度中(=2029/3/31 まで)に初回ストレスチェック完了
- 高ストレス者から申出があれば医師面接指導
- 結果に基づき就業上の措置(業務量調整、配置転換等)を検討
実施できる人(実施者)は誰か
ストレスチェックの 実施者 になれるのは次の資格者に限られます(労働安全衛生規則第 52 条の 10)。
- 医師
- 保健師
- 所定の研修を修了した 歯科医師、看護師、精神保健福祉士、公認心理師
薬剤師は実施者になれません(実施事務従事者としての関与は可能)。歯科医師は所定の研修を修了している場合に限り実施者になれます。
自社実施と外部委託、どちらが現実的か
法令上、自社の労働者(医師・保健師等)を実施者にすることも可能 です。制限されるのは「人事権を持つ監督的地位にある者(社長、人事部長等)」だけで、これらの立場の人は実施者・実施事務従事者になれません。
ただし、50 人未満の事業場では、そもそも自院・自薬局内に医師・保健師がフルタイムで常駐していないケースが大半です。実務上は次のような選択肢から組み合わせるのが現実的です。
- 外部委託: 民間のストレスチェック実施代行サービス(オンライン受検 + 結果通知 + 高ストレス者対応までワンストップ)。1 人あたり数百円〜千円程度から請け負う業者もあり、コスト負担は想像より小さい
- 地域産業保健センター経由: 地さんぽが実施者の紹介機能を持っており、原則無料で利用可能
- 自院内で実施: 院長(医師)が人事権を持たない立場で実施者になることも理論的には可能だが、開設者・管理者を兼ねる小規模医療機関では人事権との分離が難しいため、外部リソース活用の方が無難
罰則と「やらなかった場合」のリスク
ストレスチェック制度には、現状 直接的な罰則規定はありません。ただし、労働基準監督署の指導対象 にはなり、是正勧告を受けることがあります。さらに重要なのは次の点です。
- 安全配慮義務(労働契約法第 5 条)違反のリスク — 義務化された制度を怠った状態でメンタルヘルス不調者が発生すれば、損害賠償請求の根拠になり得ます
なお、ストレスチェック制度は 厚生局所管外 であり、適時調査・個別指導の直接の対象ではありません。両者は別軸の制度として整理して取り組むのが正しい理解です。「罰則がないからやらなくていい」ではなく、「やらないと安全配慮義務上の盾を失う」と捉えるのが妥当です。
制度変更を見落とさない仕組みを持つ
今回のストレスチェック義務化拡大は、厚労省・労働政策審議会レベル で議論が進み、医療系メディアでも頻繁に取り上げられています。それでも、診療と経営を兼ねる小規模医療機関の現場では「気づいたら施行が迫っていた」になりがちです。
労働安全衛生法に限らず、診療報酬改定、Web 掲示義務、施設基準の通知改正など、医療機関の運営に影響する制度変更は 毎年複数本 走っています。「自院の運営に関わる制度の最新版が、いま手元にあるか」を確認できる仕組みを、業務として持っておくことが大切です。
ここで紹介してきた掲示ナビは、Web 掲示義務に特化した SaaS で、ストレスチェック制度を直接扱うサービスではありません。それでも、運営面の制度変更を「医療現場の手を煩わせず仕組み側が吸収する」という発想は、今回のような新規義務にも同じく適用できる考え方です。情報をキャッチする入口(厚労省・厚生局・労働基準監督署・業界メディア)と、自院で動くタイミングを判断する仕組みを、施行 2 年前のこのタイミングで一度見直しておくと、施行直前の慌ただしさを避けられます。
チェックリスト|小規模クリニック・薬局・歯科診療所の準備
- 自事業場の 「常時使用する労働者」を再カウント(常態使用ベース、短時間パート含む)
- 地域産業保健センター(地さんぽ) に初回コンタクト
- 厚労省 「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」 PDF をダウンロード・通読
- 既存の 健診委託先・産業医契約 にストレスチェック対応可否を確認
- 実施者(医師・保健師等) の確保方針を決定(自社実施 / 外部委託 / 地さんぽ経由)
- 23 項目簡易版 vs 57 項目版 の方針決定
- 就業規則・衛生規程 に結果取扱い・面接指導申出ルートを明記する準備
- 対象労働者への事前周知 文書のドラフト作成(2027 年中)
- 2029 年 3 月 31 日まで に初回完了する逆算スケジュール作成
まとめ
- 2025 年 5 月公布の改正労働安全衛生法(令和 7 年法律第 33 号)で、ストレスチェック実施義務が 50 人未満事業場 にも拡大
- 施行日は 2028 年 4 月 1 日 となる方針(労働政策審議会・安全衛生分科会 2026 年 5 月 18 日提示、政令公布は今後)
- 初回完了期限は 2029 年 3 月 31 日
- 小規模医科診療所・歯科診療所・薬局のほとんどが新規対象
- 義務対象判定の 50 人カウントは「常態使用」ベース、実際の受検対象者要件(1 年以上 + 週 3/4 以上)とは別物
- 厚労省は 2026 年 2 月 25 日に 「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」 を公表、23 項目簡易版と地域産業保健センター活用を推奨
- 自院に産業医がいなくても、地域産業保健センター(地さんぽ)の無料支援 で実施可能
- 実施者は医師・保健師・所定研修修了の歯科医師・看護師・精神保健福祉士・公認心理師。自社実施も法令上は可能(人事権を持つ者を除く)
- 罰則はないが、安全配慮義務違反のリスクを抱える
- 2026 年中の棚卸し → 2027 年中の体制整備 → 2028 年度中の初回実施、というロードマップで動くのが現実的
参考文献
- 厚生労働省「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」公表ページ(令和 8 年 2 月 25 日) — https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_69680.html
- 厚生労働省「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」PDF(令和 8 年 2 月) — https://www.mhlw.go.jp/content/11303000/001646587.pdf
- 厚生労働省「ストレスチェック制度について」 — https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudoukijun_mental_0003.html
- 独立行政法人 労働者健康安全機構「地域窓口(地域産業保健センター)」 — https://www.johas.go.jp/sangyouhoken/tabid/333/Default.aspx
- こころの耳「地域産業保健センター(地さんぽ)」 — https://kokoro.mhlw.go.jp/health-center/
- 労働新聞社「改正安全衛生法が公布 ストレス検査義務対象拡大へ」 — https://www.rodo.co.jp/news/211088/
