【令和8年10月1日】カスハラ対策が医療機関の義務に|応招義務との関係と10項目

令和8年10月1日から、カスタマーハラスメント対策が事業主の義務になります。医療機関も事業主なので対象です。しかも厚生労働省の指針は、カスハラの相手方となる「顧客等」の例に病院を名指しで挙げています。
残り1か月を切りました。ただ、医療機関にはもうひとつ考えることがあります。医師法第19条第1項の応招義務です。「カスハラだから診療を断れる」と単純化してよいのか。この2つをどう並べて読むかを、一次資料に沿って整理します。
10月1日に義務になるのは何か
根拠は「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第63号、令和7年6月11日公布)です。施行期日は令和8年政令第17号で令和8年10月1日と定められ、講ずべき措置の内容は令和8年2月26日告示の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)に置かれています。
まずカスハラの定義です。厚生労働省のリーフレットは3要素で説明しています。
①顧客等の言動であって、 ②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、 ③労働者の就業環境が害されるもの
この3つをすべて満たすものがカスハラです。電話やSNS等のインターネット上で行われるものも含まれます。
そして「顧客等」の範囲。指針はこう定めています。
「顧客等」とは、顧客(今後商品の購入やサービスの利用等をする可能性がある潜在的な顧客も含む。)、取引の相手方(今後取引する可能性のある者も含む。)、施設の利用者(駅、空港、病院、学校、福祉施設、公共施設等の施設を利用する者をいい、今後利用する可能性のある者も含む。)その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者を指し
病院が例示に入っています。さらに、含まれる者の例として「施設・サービスの利用者及びその家族」「施設の近隣住民」も挙げられています。患者さんご本人だけでなく、ご家族や近隣の方からの言動も射程に入る、という整理です。
整えるべきは10項目
リーフレットは、講ずべき措置を10項目挙げたうえでこう書いています。
事業主は、以下の措置を必ず講じなければなりません。
内容は5つのまとまりに分かれます。
| 区分 | 措置 |
|---|---|
| 方針の明確化・周知 | ①カスハラには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し周知・啓発する ②カスハラの内容とあらかじめ定めた対処の内容を労働者に周知する |
| 相談体制の整備 | ③相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知する ④相談窓口担当者が、適切に対応できるようにする |
| 事後の対応 | ⑤事実関係を迅速かつ正確に確認する ⑥被害者に対する配慮のための措置を行う ⑦再発防止に向けた措置を講ずる |
| 抑止のための措置 | ⑧特に悪質と考えられるカスハラへの対処の方針をあらかじめ定め、労働者に周知し、当該対処を行うことができる体制を整備する |
| 併せて講ずべき措置 | ⑨相談者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、労働者に周知する ⑩相談したこと等を理由として不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発する |
②の「対処の内容」には、リーフレットが具体例を添えています。
(※)管理監督者にその場の対応の方針について指示を仰ぐ、可能な限り労働者を一人で対応させない、犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する、本社・本部等へ情報共有を行い指示を仰ぐ 等
受付や外来で職員が一人で抱え込まない仕組みを、方針として文書に落としておく。ここが実務の肝になります。
なお、リーフレットには留意点も書かれています。
※対策を講ずる際には、消費者の権利や、障害者差別解消法における、障害を理由とする不当な差別的取扱いの禁止や合理的配慮の提供義務に留意する必要があります。
応招義務とどう両立するのか
ここからが医療機関固有の論点です。カスハラ対策は労働法の話ですが、診療を断るかどうかは医師法の話で、別の枠組みが動いています。
参照すべきは「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(令和元年12月25日 医政発1225第4号)です。この通知は、過去の行政解釈との関係について「今後は、基本的に本通知が妥当するものとする」と書いています。
まず法的性質。
医師法第 19 条第1項及び歯科医師法第 19 条第1項に規定する応招義務は、医師又は歯科医師が国に対して負担する公法上の義務であり、医師又は歯科医師の患者に対する私法上の義務ではないこと。
患者に対して直接負う義務ではない、という整理です。ただし医療機関の側にも別の責務があります。
医師又は歯科医師個人の応招義務とは別に、医療機関としても、患者からの診療の求めに応じて、必要にして十分な治療を与えることが求められ、正当な理由なく診療を拒んではならないこと。
そのうえで、断ることが正当化されるかの判断です。
最も重要な考慮要素は、患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)であること。
最優先は緊急対応の要否で、信頼関係はその次に来る要素という順序になっています。ここを取り違えると危険です。
迷惑行為で断れるのは「新たな診療」
では、迷惑行為はどう位置づけられているか。通知は個別事例のひとつとして、こう整理しています。
診療・療養等において生じた又は生じている迷惑行為の態様に照らし、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合(※)には、新たな診療を行わないことが正当化される。 ※ 診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等。
読み落としたくないのが「新たな診療を行わないことが正当化される」という書き方です。すでに始まっている診療を途中で放り出してよい、とは書かれていません。
そして、この個別事例の整理には柱書で歯止めがかかっています。
なお、次に掲げる場合であっても、緊急対応が必要な場合については、2(1)①の整理により、緊急対応が不要かつ診療を求められたのが診療時間外・勤務時間外である場合については、2(1)②イの整理による。
緊急対応が必要なら、迷惑行為があっても緊急対応の枠組みが優先します。その緊急対応かつ診療時間内のケースでは、こう書かれています。
医療機関・医師・歯科医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性(医療の代替可能性)を総合的に勘案しつつ、事実上診療が不可能といえる場合にのみ、診療しないことが正当化される。
「事実上診療が不可能といえる場合にのみ」です。かなり狭い。
逆に、緊急対応が不要で診療時間内の場合は、信頼関係が効いてきます。
原則として、患者の求めに応じて必要な医療を提供する必要がある。ただし、緊急対応の必要がある場合に比べて、正当化される場合は、(中略)患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係等も考慮して緩やかに解釈される。
もうひとつ、窓口で問題になりやすい医療費の不払いについても、同じ通知が整理しています。
以前に医療費の不払いがあったとしても、そのことのみをもって診療しないことは正当化されない。しかし、支払能力があるにもかかわらず悪意を持ってあえて支払わない場合等には、診療しないことが正当化される。
未払いがあること自体では足りず、悪意が要る、という線引きです。窓口での金銭のやり取りをめぐるルールは

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や

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でも扱っています。
整理すると、カスハラ対策の義務化は「職員をどう守るか」の話であって、「患者を診ないでよくなる」話ではありません。診療を断れるかどうかは、これまでどおり応招義務の枠組みで、緊急対応の要否から順に判断することになります。
正当な申入れはカスハラではない
もうひとつ、両方の資料が同じことを言っている点があります。
カスハラ指針はこう書いています。
なお、顧客等からの苦情の全てが職場におけるカスタマーハラスメントに該当するわけではなく、客観的にみて、社会通念上許容される範囲で行われたものは、いわば正当な申入れであり
応招義務通知の側も、迷惑行為の例を「診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等」と限定しています。診療内容や接遇についての正当な指摘は、ここに含まれません。
10項目の措置を院内に展開するとき、「断ってよい類型」だけが独り歩きすると、指針が否定している方向に運用が振れます。定義の3要素と、この但し書きをセットで共有しておくのが安全です。
なお薬局については、令和8年7月8日付で薬剤師向けの整理が別途出ています。調剤応需義務の側から「どこまでなら断ってよいか」を整理したもので、こちらは

【令和8年7月8日】薬剤師の調剤応需義務を再整理|カスハラで調剤を断れる場合
令和8年7月8日、薬剤師の調剤応需義務について断れる「正当な理由」を整理し直す通知が出ました。カスハラ該当性と信頼関係の喪失による2段階の判断、在庫切れは理由にならない点、10月1日の義務化との関係を一次資料から整理します。
にまとめました。薬局を併設・関連経営している場合は、あわせて確認しておくとよいと思います。
10月1日までに確認しておきたいこと
第一に、方針の文書化です。カスハラには毅然と対応し労働者を保護する旨の方針と、対処の内容。この2つを文書にして職員に周知します。
第二に、相談窓口です。誰が窓口かをあらかじめ決めて周知し、担当者が対応できる状態にしておきます。小規模な診療所ほど「院長が全部」になりがちですが、窓口としての明示が要ります。
第三に、対処の具体化です。一人で対応させない、管理監督者に指示を仰ぐ、犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する。リーフレットが例示しているこの3つは、そのまま院内ルールに落とせます。
第四に、記録です。事実関係の確認と再発防止が措置に入っている以上、いつ誰がどう対応したかを残す様式を先に用意しておくと動きやすくなります。
第五に、応招義務との切り分けの共有です。職員を守ることと、診療を断ることは別の判断だと院内で確認しておきます。
労務まわりでは、労働者50人未満の事業所へのストレスチェック義務化も控えています。こちらは
ストレスチェック義務化、2028年度から労働者50人未満の事業所も対象に — 小規模クリニック・薬局・歯科の準備ガイド
2025 年 5 月公布の改正労働安全衛生法(令和 7 年法律第 33 号)で、ストレスチェック実施義務が労働者 50 人未満の事業場にも拡大されます。施行日は 2028 年 4 月 1 日となる方針(公布後 3 年以内の政令委任、労働政策審議会 2026 年 5 月 18 日提示、政令公布は今後)、初回完了期限は 2029 年 3 月 31 日。小規模医科診療所・歯科診療所・薬局のほとんどが新規対象です。厚労省が 2026 年 2 月に公表した「小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル」のポイント、地域産業保健センターの無料支援、業態別の対象判定、いま動ける準備ステップを実務目線で整理します。
に整理しました。時間外の問い合わせ対応体制については

時間外対応加算とは?加算1〜4の違い・施設基準・掲示義務をわかりやすく解説
時間外対応加算の加算1〜4の違い・施設基準・掲示義務をわかりやすく解説。2024年改定での4区分への見直し、各区分の対応体制、患者への周知方法、院内掲示の文例テンプレートも紹介します。
もあわせてご覧ください。
まとめ
令和8年10月1日から、カスハラ対策が事業主の義務になります。指針は「顧客等」の例に病院を挙げ、患者本人だけでなくその家族や近隣住民も射程に含めています。医療機関は当然に対象です。
整えるのは10項目。方針の明確化と周知、相談窓口、事後の対応、悪質事案への対処方針、プライバシー保護と不利益取扱いの禁止です。
一方で、診療を断れるかどうかは応招義務の枠組みが動きます。最も重要な考慮要素は緊急対応の要否であり、迷惑行為を理由にできるのは「新たな診療を行わない」場面。緊急対応が必要なケースでは、事実上診療が不可能といえる場合にのみ正当化されます。
そして、正当な申入れはカスハラではありません。両方の資料が同じ方向を向いているこの一点を、職員間で共有しておくことが、10月に向けていちばん大事な準備だと思います。
掲示ナビでは厚生局の届出データをもとに掲示ページを自動生成しているため、届出内容が変われば掲示も自動で追従します。掲示物の管理に時間を取られず、こうした院内体制の整備に手を回せる状態をつくることが、開発の出発点だったと聞いています。
出典・参考
一次資料(厚生労働省・厚生局・支払基金 等)
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厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年2月26日 令和8年厚生労働省告示第51号) https://www.mhlw.go.jp/content/001662625.pdf
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厚生労働省リーフレット「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます! カスタマーハラスメント対策の義務化【改正労働施策総合推進法・指針の内容】」 https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662576.pdf
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厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」(改正法・施行期日を定める政令・指針の一覧) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/zaitaku/index_00003.html
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厚生労働省医政局長「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(令和元年12月25日 医政発1225第4号) https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000581246.pdf
二次資料(業界誌・専門サイト)
- 本記事の内容は上記の一次資料のみに基づいて記述しており、解釈の追加は行っていません。個別の判断は、所管の都道府県労働局や保健所にご確認ください。




